無職は勝ち組、無職は特権階級

ひろゆきの切り抜きの

【ひろゆき】無職の文豪リスナーから届いたお便りが面白すぎる

を見て感心した。

以下ようやくするね。

無職は勝ち組、無職は特権階級

これを聞いて、民衆はどう思うだろう。

1.働かない時点で負け組だ

2.底辺の分際で何を言う

こう思うだろう。

無職として、この愚鈍な浅ましい考えに、

真っ向から否定してみよう。

否定するに足りる理由は次のようだ。

1.資本主義であるがゆえに勝ち組だ

あの偉大なマルクスは資本論でこう説いている。

「資本主義においては、人や金に働かせる資本家と、

労働を商品として資本家に売るしかない労働者の2つに分けられる」

この論理からすれば、

一般的に勝ち組とされる、医者、弁護士、官僚などこれら全ては、

労働力を商品としている負け組に成り下がる。

しかし、無職はどうだろうか。

国民に働かせる生活保護受給者、

親に働かせるニート、

カネに働かせる資本家等、

全て人やカネに働かせている。

おお、なんということだ。

資本主義社会では、無職は資本家階級であり、

勝ち組ということになる。

すごい論理だね。

感心した。

2.無職は足るを知っているということだ

これを読んでる君は、

「足るを知るものは富む」

という言葉を知っているだろうか

この「足るを知るものは富む」は老子(李)の言葉だ。

「満足することを知っていることは、たとえ貧しい状況にあっても、

精神的には豊かである」ということだ。

これを踏まえ、労働者と無職を場合分けしてみよう。

労働者は競争社会に生きなければならない。

それにより、

人より良い給料、

人より良いポスト、

人より良い物、

人より良い女など

次から次へと欲しい物が出てきてしまうのだ。

競争社会に生きている限り、

足るを知ることがなく、

「もっと」

「まだ足りない」

「更に上に」と、

際限なく欲してしまうのだ。

このように、労働者は永遠の渇望の中に生きているのだ。

これを”苦痛”や”心の貧しさ”

いわずなんと言うのであろうか。

しかし、無職には競争という概念すらない。

それにより、人と比べることなく、

際限なく欲することもない。

”足るを知っているのである”

これにより、

労働者が直面する ”苦痛や” ”心の貧しさ”は

無職には一切ない。

ただ、存在するのは、現状に対する満足と、

こころの豊かさである。

まさに「足るを知る物は富む」

のである。

いかがだっただろうか。

ここまで無職は負け組という考えを否定してきたが、

皆はご理解できたであろうか。

理解できなかった人は、

そのまま労働者として我々に貢ぎ続けていてほしい。

それもまた一つの生き方だ。

だが、私の考えを理解できた人はすぐさま仕事をやめて、

無職という名の特権階級に来てほしい。

私は上で待っている。

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テルの意見を述べます

このありがたいお話を聞いておもったこと。

1.良寛さんを思い出した

良寛さんは山の奥にこもって

托鉢で暮らした。

2.株式投資家も配当で暮らすけど無職だね

3.鳥を飼って野菜を栽培して田舎で暮らし、ブログYouTubeで

暇つぶしする。

4.生まれつき大金持ちなら無職で特権階級だね

5.幼稚園の貴族の幼稚園を辞めさせられ

マルクス系の幼稚園に行った昔を思い出した。

親が途中で空いてないので入れたらしい。

テルは思想は仏教かな。

6.書いた人は有閑階級

欧州の貴族や戦前の貴族も有閑階級だったのよ。

いまは孫さん三木谷さん柳井さん

など多くの株主がいるでしょ。

それに、

いわゆるアーリーリタイアメントも有閑階級。

最初から慶応幼稚舎で、

株の運用と貸家の運用を

やっているひとも、

特権階級だなね。

テルはいまは暇つぶし大学で

有閑階級で

特権階級かな。

のんびり生きているよ。

 

おすすめ本

有閑階級の理論(著者 ヴェブレン)

 

おすすめ本

だんな様はひろゆき (ソノラマ+コミックス)