中央銀行は民間銀行であるということを理解しないと金融はわからん

 

日銀とは、日銀でしらべるより、松方正義を調べよう。

松方は、明治10年(1877年)に渡欧し、明治11年(1878年)3月から12月まで、第三共和制下の、パリを中心とするフランスに滞在し、フランス蔵相レオン・セイ(「セイの法則」で名高い、フランスの経済学者のジャン=バティスト・セイの孫)から3つの助言を得る。第一に日本が発券を独占する中央銀行を持つべきこと、第二にその際フランス銀行イングランド銀行はその古い伝統故にモデルとならないこと、第三に従って最新のベルギー国立銀行を例としてこれを精査すること、を勧められた。

その後、帰国した松方は、明治14年(1881年)7月に「日本帝国中央銀行」説立案を含む政策案である「財政議」を政府に提出し、政変によって大隈が失脚すると、参議兼大蔵卿として復帰し、日本に中央銀行である日本銀行を創設した。後の明治16年(1883年)に、松方は明治天皇に働きかけて、レオン・セイに勲一等旭日大綬章が贈られるように図っている。

引用:ウィキ

つまり明治維新をすすめた薩長の薩摩でしょ。薩摩は松平だからね。

談合でしょ。フランスとイギリスでうらにロスチャイルドがいたんでしょ。

民間銀行なんだね。

ここがわからないと金融はわからない。

インベスターZくらいは読んでおこうね。

 

 

富を支配するには情報を支配しないとね

Amazonやアップルやフェイスブックやグーグルや

ソフトバンクをみていると情報を支配することが世界を支配するのだね。

ぼくは商社系にいたけどね。

商社では投資業なんだね。

鉄鉱石や石油も情報があっての商売だね。

世界中の支店を通じて商売の情報を集める。

そこでビジネスのネタを発掘し、

国内の企業をコラボして起業していき、

大きくなったら売っていく。

私のいた情報部門でも、ネット企業を企画会社で作って

15年後くらいになって事業が黒字になる見込みになり、大手の通信会社に売ったのね。

どことは言えないけど。

つまりぼくが40歳過ぎで会社に入れたのも将来売るよていだったからだね。

でも残った人は今は小さい会社の従業員から大手の従業員に

なったから良かったと思うよ。

 

ぼくもダイナミックな会社の動きを実際にみれて

楽しかったな。

ーーーーーーーーーーー

本ブログの著者は、年金、アフィリエイト、投資、YouTubeなどの副業で月収40万円

以上をコンスタントに稼いでいます。

労働をしないで稼いでいます。

この給与、不動産投資、証券投資、

アフィリエイトで不労所得を稼ぐ

4つの財布で行きていく情報を発信

して行くことを目指しています。

大学で宅建の資格を取り、大学院で

ケインズから金融を教えてもらい、

不動産鑑定士の資格の専門学校にいきました。

留学して英語も勉強しました。

27歳で初めて大手の不動産会社の

流通子会社に7年務めた。

そこでリートをやるために大手証券に

転職。

85年のプラザ合意以降の円高局面で

不動産バブルを体験。不動産アナリストでウオーターフロント銘柄を発掘。

外資証券に転職後、すぐにリストラ。

そこで家族を抱えてさまよった。

その後、なんとかコネで商社系のネット企業に入社。

不動産の知識が役立った。本社のビル

を探して賃貸契約を担当。

新築の本社の建設と賃貸契約の締結、

社宅の契約。端末の倉庫の契約、

携帯ショップの開業準備などで

不動産の知識が役立った。

現在は、定年後に派遣に行きながら

戸建て賃貸収入、証券への投資、

ブログアフィリエイトを始めて

年金、不動産投資、証券投資、

で4つの財布を作りました。

副業の経験を皆さんに情報発信して

行ければとこのブログをはじめました。